祭神 乃木希典命(のぎまれすけのみこと)
配祀 乃木静子命(のぎしずこのみこと)
例祭 九月十三日
神紋 四つ目
本殿 神明造
宝物 太刀二振(重文長船勝光、兼光)、祭神辞世和歌、遺言状など
ご利益 所願成就、勝運上昇、出世開運、夫婦和合、縁結び 他
摂社 正松神社
(せいしょうじんじゃ)
玉木文之進正韞命(たまきぶんのしんまさかぬのみこと・吉田矩方松陰命(よしだのりかたしょういんのみこと)
末社 赤坂王子稲荷神社
(あかさかおうじいなりじんじゃ)
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)・宇気母智神(うけもちのかみ)・和久産巣日神(わくむすびのかみ)
参拝形式 二拝二拍一拝
住所 東京都港区赤坂8丁目11番27号
HP http://www.nogijinja.or.jp/
乃木神社

乃木神社

明治天皇崩御に殉じて乃木大将夫妻は自刃。
この忠節に深く感銘した国民は、その徳を慕い
乃木邸を訪れ、その数は日に日に増えたそうです。

その後、男爵阪谷芳郎等が中央乃木会を組織。
乃木邸に祭神を鎮祭し祭儀を執行しました。

皇室より正二位の追贈を受け神社創建が許可。
大正十二年十一月一日鎮座祭が行われました。

 

乃木邸

乃木邸

乃木神社案内記

乃木神社案内記

 

 

 

 

 

 

乃木坂 乃木神社 社号標 乃木神社 鳥居

出典:Wikipedia
▼乃木 希典(のぎ まれすけ)
嘉永2年11月11日(1849年12月25日) – 1912年(大正元年)9月13日)は、
日本の武士(長府藩士)、軍人、教育者。日露戦争における旅順攻囲戦の指揮や、
明治天皇の後を慕って殉死したことで国際的にも著名である。

乃木邸 御供待所

御供待所

乃木家の経歴

経歴

 

 

 

 

 

乃木邸前の御供待所には以下のようにあります。

乃木将軍は言うまでもなく日清、日露の両役に武功輝き又高風清節徳望高き人格者として一世の崇敬をうけた。
陸軍大将従二位勲一等功一級伯爵に敍せられ晩年明治天皇の思召によって学習委員長に任ぜられ専ら華胄子弟の薫育に盡したが大正元年九月十三日明治天皇御大葬の当日六十四才を一期として殉死し静子夫人も共に自刃した。
将軍の殉死せらるるや遺言して自邸を東京市に寄付せられた。
時の東京市長男爵阪谷芳郎は中央乃木会を設立してその旧邸を保存し、また隣接に乃木神社も建立した。

将軍は嘉永二年十一月十一日麻布日ヶ窪の長府藩主毛利候邸に於いて生まれ「少年乃木無人所載年譜」安政五年十一月将軍十才の砌り一家と共に長門国長府に移った。
幼名を無人とよび慶応二年六月十八才の折文蔵と改名した。
明治二年十一月二十一才の時藩命により佛式練兵教習のため伏見御親兵営に入隊しその後京都市河東練兵場御親兵練武掛を命ぜられ又豊浦藩陸軍練兵教官として鎮台兵の教育に盡したが明治四年十一月二十三才の時に陸軍少佐に任ぜられ名を希典と改めた。

明治八年二十七才の時熊本鎮台歩兵第十四聠隊長心得となり同十年には西南の役に従軍四月二十二日中佐に任ぜられた。

※以下略


神社名鑑(昭和三十七年 十月 印刷、昭和三十七年 十一月発行)には下記のように書かれています。

【由緒沿革】
大正元年九月明治天皇の御崩御に殉じて乃木大将御夫妻が自刃されてから、其誠烈に感激して乃木邸へ来観するもの日に月い数を増した。よって同二年男爵阪谷芳郎等広く天下同感の士に謀って中央乃木会を組織し、東京市とも連絡して乃木邸内に英霊を奉安し、毎年九月祭儀を挙行、或いは講習会を開き、其の偉徳宣揚し以て世風を警むるに意を効した。
同五年立太子礼を行わせ給うに当り、大将在世中忠節を思召されて正二位を贈らるる。同八年、神社創立許可され、明治十三年府社に列した。今次大戦により社殿以下焼失したが、目下復興計画を立て、昭和三十七年御祭神50年式年祭を御造営中である(神社本庁別表神社)

また、東京神社名鑑には、下記のように書かれていました。

大正元年九月十三日、明治天皇崩御に殉じて乃木大将夫妻は自刃。
この忠節に深く感銘した国民はその徳を慕い、乃木邸を訪づれ、その数は日に日に増していった。
そこで翌大正二年男爵阪谷芳郎らが、広く国民有志を結集して中央乃木会を結成、乃木邸に祭神を鎮祭し祭儀を執行。
また青年研修などを行って乃木精神の宣揚につとめた。
大正五年立太子礼にあたり、皇室より正二位の追贈を受け、同八年神社創建が許可され、明治神宮の鎮座を期し御造営の事業が起こされた。
大正十二年十一月一日鎮座祭を執行。

・戦後の歩み
昭和二十年五月二十五日、東京大空襲により、本殿はじめ社殿焼失。
昭和二十三年、仮本殿復興。昭和二十六年儀式殿の竣工、神前結婚式の便に供した。
昭和三十七年御祭神五十年祭年、本殿・幣殿・拝殿等完成。
続いて、摂社正松神社、末社赤坂王子稲荷神社を勧請。
昭和四十三年、乃木会館設立。昭和五十八年御鎮座六十年を祈念して参集殿、宝物殿、新儀式殿等を完成した。



乃木神社境内案内図

乃木神社境内案内図

 

 

 

 

 

 

乃木神社 手水舎乃木神社 社務所・参集殿乃木講誓詞の碑

 

 

 

 


 

乃木神社 二の鳥居

乃木神社 二の鳥居

撮影をしたのは夏越しの大祓いの前のため、
茅の輪が設置されています。

 

 

 

 

 

乃木神社 授与所 乃木神社 拝殿 乃木神社 宝物殿

 

 

 

 


正松神社

摂社 正松神社

正松神社横の立て札には下記のように書かれています。

・御祭神 玉木文之進正韞命
(たまきぶんのしんまさかぬのみこと)

・吉田矩方松陰命
(よしだのりかたしょういんのみこと)

 

・御鎮座の由来
玉木文之進先生は 幕末維新に祭し多くの偉人傑士を輩出長州萩の学者であり 松下村塾の改組であり 吉田松陰先生は 玉木先生の甥に當り その村塾を受継いで幾多の國士を養成せられた大教育者であり 國事に仆れた烈士であります 乃木将軍は松陰先生の弟弟子として玉木先生に薫陶せられ 又松陰先生を深く敬い 之が人格形成の基になったものと拝察致します 依て乃木神社戦災復興竣成を機に萩の松陰神社より二柱の御分霊を請受け 境内に鎮祭した縁の神社であります

正松神社 立て札 正松神社 社号標 正松神社


乃木神社 赤坂王子稲荷神社

末社 赤坂王子稲荷神社

立て札には下記のように書かれています。

・境内末社 赤坂王子稲荷神社
昭和三十七年十二月二十二日鎮座
・御祭神
宇迦之御魂神
宇気母智神
和久産巣日神

 

・御鎮座の由来
當神社は乃木将軍御夫妻又御両親崇敬特に篤く 月詣りまでせられた北区王子に鎮座の王子稲荷神社を乃木神社戦災復興竣成を機に勧請した縁の神社であります。

乃木神社 赤坂王子稲荷神社 乃木神社 赤坂王子稲荷神社

 

 

 

 

乃木神社 赤坂王子稲荷神社 乃木神社 赤坂王子稲荷神社 立て札

 

 

 

 


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乃木神社