祭神 | 宇迦之御魂神(うかのみたま) |
祭儀 | 例大祭 二月初午日 |
住所 | 東京都中野区中央3-23-15 |
中野区中央3丁目にある白玉稲荷神社は、文政七年(1824)に飯塚家により祀られた屋敷神でした。
授福開運の神として崇敬者も多いことから、村に譲ることになったとのことです。
また、この神社は、空襲で一度焼けてしまいましたが、町内の人々によって再建されました。
「中野区の文化財No.3 まつりと講」には、物知りといわれている人のお話しが掲載されていました。
江戸時代この地域での大地主(豪農)であった、飯塚家の屋敷神として
長い間祀られていたものですが、人々の希望もあって飯塚家はこれを村にゆずることにしました。
以来この地の氏神とし斎(いつき)祀られ、今に至った。
・社標表面
白玉稲荷神社
海軍造船中将従三位勲一等功四級
工学博士福田馬之助謹書
・社標裏面
大正十五年五月十七日建之
一部のみ残っている鳥居。
文政七甲申年
明治六葵酉年五月再建
※大正15年銘の燈籠があるとのことでしたが、見当たりませんでした…
現在は使われていない様子の手水鉢。
右面に文政七年甲申年二月吉日と書いてあるとのことです。
手水鉢の下には神紋が見えます。
◆中野区中央3-23-15 白玉稲荷神社 Google MAP